そろばん研修 実践報告【京都編】
いしど式そろばん教師研修会
2025/7/6(日)京都でいしど式そろばん教師研修会が行われました。今回はそろばんにまつわる歴史を学びました。
その中で紹介された京都の名所を実際に回ってきたので、
レポートしたいと思います。
ミッション① 大悲閣千光寺
集合研修のあと、研修参加者全員徒歩で千光寺へ。
(私は娘の電動自転車を借りましたが)
嵐山の中腹にあるこのお寺は、
江戸時代の豪商・角倉了以が
大堰川開削工事で亡くなった人々を
弔うために建立した禅宗寺院で、
境内には、
了以がそろばんを使って工事の費用や人員を
正確に管理したことにちなみ、
そろばん型の奉納板も見られます。
ご住職からは
そろばんにまつわるさまざまなお話を
聞かせていただきました。
娘の家に来たときには、
小倉山によく散歩に出かけます。
小倉山から嵐山をのぞみ
このお寺をいつも眺めていましたが、
実際に千光寺を訪れたのは、
今回が初めてでした。
⭐️⭐️
研修翌日、娘の家から自転車を借りて
ミッション② ③クリアに出発。
⭐️⭐️
ミッション② 吉田光由の墓 @二尊院
阿弥陀如来と釈迦如来の
2つの如来像が祀られていることから、
「二尊院」と呼ばれているそうです。
角倉了以の菩提寺で、
その一族である吉田家の墓も
この二尊院にありました。
せっかくなので御朱印もいただいてきました。
なんと今日は、
令和7年7月7日の七夕。
朝7時7分には、娘夫婦と孫2人で
気持ちよく朝を迎えられたことも、
とってもいいことが訪れる前兆かな、、、。
隣に七夕の御朱印もあったので、
そちらもいただくことにしました。
ミッション③ 吉田光由「塵劫記」の記念碑 @常寂光寺
瀬戸内寂聴さんの常寂光寺は、
二尊院のすぐそばにあります。
蓮の花が綺麗に咲いていました。
「塵劫記」の記念碑は、
なんと常寂光寺の横の駐輪場のすぐ前にありました。
拝観料を払わなくてもよかった(汗💦)
常寂光寺でも御朱印をいただきました。
ミッション④ 和算の祖 毛利重能「天下一指南所」 @京都市役所
毛利重能(もうり しげよし)は、
江戸時代初期の和算家で、
日本最古の算術書『割算書』を著した人物です。
京都で「天下一指南所」と称して塾を開き、
吉田光由などの多くの優れた弟子を育てました。
「天下一指南所」を探しに、
バスと地下鉄を乗り継いで京都市役所へ。
市役所の北側、寺町御池交差点の北東
という情報をもとに現地を探しまわりましたが
とうとう見つけられませんでした。(悲しい😭)
昨日PerplextyAIで検索して情報を得ましたが、
どうやら間違いだったようです。
AIは、
いつも正しい情報を出してくれるものではない
ということを肝に銘じたいと思います。
研修参加者の皆さん、
間違った情報発信をしてしまい、
ごめんなさい🙇♀️
perplexty
ミッション⑤ 日本最古のそろばん @京都市学校歴史博物館
京都市役所から、歩いて京都市学校歴史博物館まで。
あまりに暑いので寺町商店街を南へ。
約15分ほどで到着。
日本で最初の学区制小学校「開智小学校」跡地だそうで、
展示室にはボランティアのガイドさん以外、
見物客は私たった1人。
ぐるっと一緒しても、
日本最古のそろばんと言うのは見つかりませんでしたが、
ガイドさんにお聞きして、
よくみてみたら展示されていました。
残念ながら、撮影禁止ということで
写真は撮れなかったですが、
黒色の5玉が2つ、1玉が5つというものでした。
箱庭、1444年と記載されていたようですが、
どう見ても600年前のものとは思えないほど
綺麗な状態でした。
他にもう一つ5つ玉そろばんも、
当時も子供たちが使っていたそろばんとして
展示されていましたが、
こちらも撮影禁止。
残念ながらそろばんにまつわる画像は
提供することができません。
代わりに僕が小学校の時代に食べていた
給食の展示があったので、
そちらを撮影してきました。
上は昭和45年1970年、下は昭和46年の給食。
(ちょうど前の大阪万博の年ですねて)
そうそう、
たまにレーズンパンが出たら
テンション上がってたなぁ、、、
まとめ
嵐山は、娘が住んでいることもあり、
何度も足を運んだところですが、
今回のそろばんの歴史について学んだおかげで、
改めて近所の寺院に足を運んだり、
行ったことのない場所を訪ね歩くことができました。
⭐️
真夏日の京都でしたが、
半日かけて、いろんなところを見学できて、
楽しい時間を過ごすことができました。
このような機会を作ってくださった、
いしどの先生方にも、
改めて感謝申し上げたいと思います。
<終わり>
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